マフラーから彼の匂い
額に感じた冷たい感触に、傘を持ってくれば良かったと後悔した。ウタカタ師匠のお使いに、宿を出たのが1時間前。こんなに時間がかかるなんて思わなかった。予定なら今頃、宿の炬燵でのんびりしているはずだったのに。
「なるべく早く帰らなくちゃ」
雪に濡れないように荷物を抱え、粉雪の舞う道を進んだ。ひらりひらり、空から落ちる量はだんだんに増えてくる。地面には足跡が残り、外気に曝された肌が、ひやりと冷える。
「遅いぞ、ホタル」
「う、ウタカタ師匠!」
荷物を片腕に抱え手に息を吹きかけると、傘を差した師匠が目の前に立っていた。首に巻いたマフラーから口を出して、私の姿をじっと見つめる。
「え?あれ?どうして?」
「お前があまりにも遅いからだ」
「迎えに……来て下さったんですか?」
「…………」
私の問いかけには答えずに、師匠は私のほうに傘を傾ける。私のとは違う温かい手が、髪や肩についた雪を払ってくれた。
「だいぶ冷えているな。何をしていたんだ?」
「すみません……。師匠に頼まれた薬草が、どうしても見つからなくて……」
「傘を持たせれば良かったな。……寒いだろう、ちょっと持っていろ」
そう言って師匠は私に傘を預けると、巻いていたマフラーを外して私の首に巻きはじめた。
「でも、これじゃあ師匠が……」
「オレは平気だ。荷物も貸せ。返るぞ」
強引にマフラーを巻き、私から傘と荷物を奪うと、師匠は背を向けて歩きだす。でもその速度はゆっくりで、傘は私を覆うように傾けられていた。
「師匠、このマフラー、師匠の匂いがします」
「オレの匂い?」
「はい、あったかくて、安心する匂いが」
首を覆うマフラーを口元まで引き寄せ、師匠にばれないようにはにかんだ。黙ったまま歩く師匠に追いつき、隣同士、並んで傘に入る。
「ありがとうございます、ウタカタ師匠」
「ああ」
雪の中、帰り道に残る足跡が、少しだけ近づいた。