雨上がりと君の笑顔

 雨を嫌いになったのはいつからだろう。土地柄、年中霧に覆われていた故郷では、空気が湿っているのは慣れたものだし、水属性のチャクラを持つ自分としては、周りに水気があったほうが好都合だった。
 時に荒々しく、時に泣くように、人の感情を表したような雨を、何をするわけでもなく眺めていたこともある。あの頃は平和だった。オレがまだ、六尾を封印される前の話。

(――ああ、そうか)

雨を嫌いになったのは、六尾こいつのせいだ。呆れるくらい真っすぐだったオレは、里のために体を差し出し、文字通り人柱力になった。
 そして師匠に裏切られ、里を抜け出した。今となっては師匠殺しの大罪人。おまけに常人には到底扱えない禍を持ち歩いている。あの頃の自分は、こんな未来を想像しただろうか。

「これは霧雨じゃないな」

 チャクラを吸い取る霧雨は、霧隠れの追い忍が使う術。雨中に浮かぶシャボン玉を見て、ほっと息をつく。さっきより威力を弱めた雨は、最後の力を振り絞るようにオレを濡らした。頬を一滴、雫が伝う。

「ウタカタ様!こんなところで何をしているんですか!風邪を引いてしまいますよ!」

 体を濡らす雨が遮られ、かわりに慌てたような高い声が耳に届く。振り返れば、傘をこちらに傾けた少女が、眉を垂らして俺を見上げていた。

「ああ、こんなに濡れてしまって……。傷もまだ完治していないのですから、無理をなさらないで下さい」

 黙ったままのオレの服を、取り出したハンカチで水気を取るように軽く叩いた。身長が合わず、無理に傘を傾けているため、自身の体まで濡れてしまっている。それを知ってか知らずか、少女は動作をやめない。

「そんなもので拭いたところで乾きはしない」
「やらないよりはマシでしょう」
「……肩が、濡れている」
「え?」

 傘を持ち上げ、2人を覆うように角度を直すと、少女はふわりと笑顔を見せる。久しぶりに向けられた、優しい視線。胸の奥が、音をたてて軋む。

「ありがとうございます、ウタカタ様」
「……礼を言われるようなことじゃない」
「さ、砦に帰りましょう?お風呂を沸かしておきますので、準備をしておいて下さい。その間に、夕飯の準備を……」
「おい」

 少女の手を握って、初めて自分の体温が下がっていることに気づく。そんなに長い間雨の中にいたのか。思いながら、少女の目を見つめ返す。いつかの自分のような、真っすぐな眼差し。反吐が出る。が、なぜだか放っておけない。

「どうして、そんなにまでしてオレに世話を焼くんだ?」
「どうしてって、ウタカタ様は私の命の恩人ですよ」
「それは偶然だと言っているだろう。……オレが人を助けるはずがない」

 そう、オレは里を追われ忌み嫌われる人柱力。早くここを出なければならない。情は薄ければ薄いほうがいい。生温い優しさは、とっくの昔に忘れた期待を思い出させる。何もいらないんだ、オレには何も必要ない。

「ウタカタ様は、私を助けてくれました」
「だからそれは、」
「あの時だけじゃありません。――今も、ウタカタ様は私を助けてくれているんです」

 ゆっくり目を細めると、少女はオレに背を向けて歩き出す。いつの間にか雨はやんでいた。用途をなくした傘が、雨開けを惜しむように雫を垂らす。
 今も、オレが、この子を助けている?一体何を言っているのだろう。オレはただ、この子や爺さんの世話になっているだけだ。助けられているのはむしろオレのほう。ますます理由がわからない。

「ウタカタ様、何をしているんですか。本当に風邪を引いてしまいますよ」
「あ、ああ」
「――ふふ、雨もとーっくに止んでますよ」

 無邪気に笑うその顔は、これからもオレに向けられるのだろうか。この先、もしオレの正体を知っても――。芽生えかけた思考を、かぶりを振って消す。馬鹿らしい。早々に砦を出ていくと、決めたはずなのに。あの子にオレの正体がばれるはずがない。
 傘をたたみ軽く降ると、雫が光を反射させながら飛び散った。雲の隙間から現れた太陽が、場違いなほど輝いて見えた。





Thanks for 確かに恋だった