冷えた肌に温もりを

 髪から流れる雫が、師匠の着物に染みをつくる。一糸纏わぬ身体に、後ろから羽織っただけの大きな着物。寒さと恥ずかしさを隠すように、縮こまった身体をさらに小さくする。こんなに雨を憎く思ったことはない。

「寒くないか」
「は、はい」
「もっと早くに見つけてやれれば良かったんだがな……、すまない」
「い、いえ!私が未熟だっただけですから、師匠は悪くありません」

 修業の途中、道にはぐれて雨に降られてしまったのは私の失態。こうして師匠に見つけてもらえなかったら、私は未だ、この土砂降りの中をさ迷っていたのだろう。

「あの、師匠……」
「なんだ」
「私の着物は……」
「まだ乾かないな。――冷えるか?」
「そ、そういうわけでは、ないんですけど……」

 言いながら、師匠の着物を身体を包むように引っ張る。暗い洞穴に、小さな薪。私に着物を貸した師匠は、当たり前だけど上半身は裸で。普段は見えない逞しいそれに、私だって年頃の女の子。心臓は引っ切りなしに高鳴り続ける。

「師匠は、寒くないのですか?」
「平気だ」
「……申し訳ありません。私のせいで」
「別に怒ってはいない。慣れない道を急ぎすぎた、オレの責任もある」

 私を責めず、自分の非を詫びる師匠に、不純な自分が嫌になる。修業の身だというのに、男性に、しかも師匠にドキドキしてしまうなんて。こんな調子だから、今みたいな情けない姿を、師匠に曝してしまう。

「ホタル」
「何ですか?」
「…………」

 薪の火を調節していた師匠が、言葉を濁しながらこちらに近づいた。ほどよい筋肉のついた腕が顔に伸び、優しく頬を撫でられる。驚いて師匠を見つめても、暗い洞穴の中で表情がよくわからない。頼りない薪の灯かりが、雨滴の伝う師匠の肌を映す。

「し、師匠……」
「…………」

 無言の仕種に、頬がかあっと熱くなるのがわかった。このまま、師匠に抱きしめられたら、私はどうなってしまうんだろう。ただ頬を触られているだけなのに、まるでいけないことをしているかのよう。
 それは自分の格好のせいなのか、それとも雨のせいなのか。わからないけれど、口元が震えてしまう。

「……悪い。嫌だったか?」
「えっ!……い、いえ!」
「そうか」

 私の返事に手を離すと、何事もなかったかのように薪へと戻る師匠。そんな師匠とは反対に、残った頬の熱に私は混乱する。
 今のは一体?聞いてみたいけれど、師匠はさっきまでと変わらず、静かに薪の火を見つめている。私の考えすぎなのかしら。

(でも……さっきのは……)

 着物の中にしまっていた手を出し、触れられていた頬をおさえる。あの時、確かに感じた、師匠の熱い視線。嫌ではなかった。けれど、今までに感じたことのない、何かを感じた。あれは一体何だったのだろう?頬に残った感触は、胸の中に小さなもやもやを残していく。

(ああ、早く雨がやんでしまえばいいのに)

 こんな気持ちで師匠とふたりきりでいれば、私はどんどん不純になってしまう。
 鳴りやまない雨音に目を閉じ、師匠の着物に顔を押し付ける。小さく吐き出した息が、熱く震えた。





Thanks for 確かに恋だった