過ぎた日々を、想う
冷たい空気を吸い込んで、そのまま息を止める。冷えた酸素が肺を満たして、でもすぐに苦しくなる。これは、生きている証拠。絶えず呼吸を繰り返して、そうしなければ生きていけない。
「やっぱり、死ぬのは怖いです」
何度あなたの後を追おうと思っただろう。いつかきっと帰ってくる。そんな望みを抱いているには、時が経ちすぎた。師匠を信じ抜くのが弟子の務めなら、私はとっくに、破門になっている。
「会いたいです、ウタカタ師匠」
独り言は宙を舞って、そのまま風に消えてなくなっていく。目を閉じて浮かぶのは、ウタカタ様の顔ばかり。いつもの仏頂面、呆れた顔、慌てた顔に、笑った顔。最後に浮かぶのは、優しい微笑み。世界がどんなにウタカタ様を悪く言ったって、私は断言できる。ウタカタ様は、誰よりも優しい人だった。
「ウタカタ様」
時は変わらず流れていく。私の呼吸は止まらない。過ぎた日々は、戻って来ない。愛しい愛しい、私の宝物。2度と帰らない、満ち足りたあの場所。
「私は、ちゃんと、生きていますよ」
早く、早く、あなたに会いたい。けれど、最後の言葉くらい、守ってみせなきゃ。シャボンに乗って、届いた遺言。私が守れる、最期の約束。
「だから、待っていてくださいね」
崩れそうになる心を、支えてくれたのはあの日々。冷たい空気を吸い込んで、今度はきちんと、呼吸を感じる。いつか会える日を信じて、私は今日も、明日を迎える。