世界の実態はお砂糖一摘まみ
台所に広がる甘い匂いに、思わず顔をしかめた。可愛い彼女の手作りお菓子。言葉にすれば聞こえはいいが、理想と現実の差は無惨なほど大きくて。鍋に貼りつく焦げたゼラチン。生クリームはいたるところに散らばり、床には粉砂糖とココアパウダーのコントラスト。
「あ、はは……」
無言のオレにホタルが返すのはどうしようもない笑いだけ。直前に落とした金属製のボールの音が、虚しくオレとホタルの間で響く。
「一体何を作ろうとした?」
「……ババロアと、ケーキ、です」
「どうして一遍に作ろうとしたんだ。ただでさえ料理が苦手なのに…」
「だって、早くウタカタ様に食べてもらいたくて……」
大量に買い占めた料理本を広げ、何が食べたいかと問われた昨日の夜。ホタルの料理の腕前を考え、1番簡単な2品を選んだ。その結果が、これ。
「料理に限らず、何事も落ち着いてやれといつも言っているだろう」
「……すみません」
「もう料理はいい。とりあえず片付けないとだな」
足跡が残るほど散らかった床を片付けようとしゃがむと、上から落ちてくる滴。砂糖の雪がじわりと溶け、下に埋もれた茶色と混じりあった。
「ホタル?」
「ごめ、なさい……迷惑かけるつもりは、全くなくて……」
「わかってる。お前はただ頑張りすぎるだけだ。いつもいつも、やる気だけ空回りして」
「…………」
「残った材料……小さなババロアぐらいは作れるだろう。一緒に作ってやるから、今度は落ち着いてやれよ」
佇んだままのホタルの頭を軽く撫で、頬についたの粉砂糖を払った。どんなに手の込んだ甘味より、ホタルの方が美味しそうだと言ったら……ホタルは一体どんな顔をするのだろう。