「命令」だと言ったら?
「む、無理です……」「どうしてだ」
「恥ずかしい、から……」
ずいと顔を近づけて、こういうときのウタカタ様は質が悪い。少し赤みががった頬と、辺りに広がる苦い香り。私の知らない、大人の香り。
「いつもは勝手に抱きついてくるじゃないか」
「それとこれとは別ですっ」
「何が違うんだ」
腰に腕を回され、頭を手で支えられる。熱っぽい瞳で捕らえられ、身動きがとれない。
「なァ、ホタル。キス、しろよ」
意地悪い笑みも、今は妖艶な誘い。それもきっと、ウタカタ様から漂う香りのせい。震える体を腕で支え、ウタカタ様から顔を反らす。
「……お酒くさい、です」
「酔っ払いは嫌いか」
「……はい」
「ふうん」
ウタカタ様の指が顎をなぞる。決して唇には触れようとせず、私を焦らすだけの、甘い行為。
「『命令』だと言ったら?」
「え……」
「これは命令だ。ホタル、師匠に刃向かうのか?」
ああ、ほんとうに質が悪い。私が逆らえないのを知っていて、わざとこういう言い方をする。
「ホタル?」
妖艶な笑みも、漂う香りも、ウタカタ様が纏うもの全部に、虜になっていく。震える瞳がウタカタ様と合ったとき、私はもう、この香りから逃げられない。