アレゴリー

 目を開ければ、そこは真っ暗な闇だった。自分の姿さえ見えない、深い深い闇。ここが地獄というものなのか?想像とは違うが、この冷たい空間が天国なはずがない。

「よォ、やっと起きたか」
「――!誰だ!!」
「そんなに慌てるなよ」

 暗い闇に突如響いた声。余裕げでぶっきらぼうなその声は、どこかで聞いたことがある。

「な……」
「初めまして……じゃないよな、ウタカタ」

 暗闇に立っていたのは、オレ。紛れもない、オレ自身だった。

「なんで、オレが」
「驚いてるのか?まぁ無理はないか」
「お前……誰だ」
「見てわかるだろ?オレはウタカタだ」

 違う、ウタカタはオレだ。でも、目の前にいるのは確かにオレで。

「嘘、だ」
「嘘じゃない」
「何かの悪夢だろ、こんなはず」
「死んだ奴が夢なんか見るかぁ?」

 近づいてきたオレは、オレを馬鹿にするように笑った。苛つく表情だが、どこから見てもオレの顔だ。

「散々な人生だったな。人柱力にされて、師匠を殺して、抜け忍になって、あげくの果てに暁に狩られるとは……我ながら最悪な人生だったよ」
「……違う」
「あ?」
「最悪なんかじゃ、ない」

 何を言っているかわからないと言った顔のオレに向かって、睨み付けながら吐き出した。

「最悪なんかじゃない。オレは幸せだった」
「……どこが」
「自分を最期まで想ってくれた師匠に出会えて、最期まで守りたいと思える弟子に出会えて、」
「ハッ」

 反論するオレに向かって、目の前のオレは鼻で笑いニヤリと口角を上げる。さっきからいちいち苛つく奴だ。オレも、こんな顔をしていたのか。

「お前、アレゴリーって知ってるか?」
「アレゴリー?」
「全ての存在はただの妄想でしかない。お前が感じた優しさも愛情も、師匠も弟子も、全部ただの妄想だったんだよ」

 真っ直ぐな眼差しはオレのもの。けれど今はオレのものじゃない。いい加減、怒りが込み上げてきた。

「違う!師匠もホタルも、確かに存在した!!」
「じゃあ、証拠は?」
「は……」
「2人がいた証拠は、どこにあるんだよ」
「そんなもの、オレが」
「ああそうだ、お前が覚えているだけだ。でもオレは覚えていない。オレはお前なのに、2人の記憶はないんだ」

 頭が痛い。なんだ、これは。そもそも此処は何処なんだ。そしてこいつは、オレは、誰なんだ。

「2人は……ホタルは……いたんだ」
「お前はオレだ。ウタカタだ。お前が2人の存在を信じているというなら勝手にしろ。でもオレは2人のことなんて知らねぇ。ただそれだけだ」
「…………」
「そのホタルって女、今もお前を待ってるのか?」

 何も言えずに頷けば、オレは今までで1番楽しそうに笑った。

「2度と帰らない男を待つ女…か。狂気か愛情か、どっちにしても面白い」
「てめぇ……!!」

 笑うオレを殴ろうと拳を振り上げた。けれどその拳はどこにも見えない。見えるのは、楽しそうに笑う、オレだけ。

「ほら、どうした?早く殴れよ」
「…………」
「所詮オレたちなんて妄想でしかないんだ。勝手に創られて、勝手に消されて、確かな存在なんてない」
「オレは、」
「お前はオレだよ。わかってるのはそれだけだ。でも、それで十分だろう?ウタカタ」

 何もわからない。オレが言ってることも、オレが考えようとしてることも。
 ただ1つ確かなのは、オレがホタルの存在を信じている限り、ホタルは永遠にオレを待ち続けるんだ。そのオレは、何処にもいないのに。