桜会別宴



※学パロ

 屋上へ急ぐ足音の後ろに、生徒たちの笑い声が響く。少し息切れた呼吸に、高鳴る心臓。

「ウタカタ先生!!」

 扉を開けると同時に呼ばれた名前に、先生はゆっくりとこちらを向く。滅多に着ないスーツを着くずして、やる気のなさそうな表情はいつも通り。

「また葛城かよ」
「もう、探したんですよ!」
「やっと堅っ苦しい場所から解放されたんだ。自由にさせてくれ」

 そう言って大きな欠伸をすると、先生はまた外を向いてしまった。

「先生、お話があるんですけど」
「なんだ」
「私、今日この学校を卒業しました」

 暖かい風が頬をなぞった。少しこちらを見た先生と目を合わせて、ずっと言いたかった言葉を言う。

「先生、私と付き合ってください」
「…………」

 長い沈黙。変わらない先生の表情に、鼓動は止みそうにない。お願い、今度こそ。

「先生、言ってましたよね。生徒とは付き合えないって」
「ああ」
「だったら、もう私は生徒じゃないんだから」
「それでも、まだガキだな」

 薄笑いと共に放たれた台詞に思考が止まる。やっと卒業できたのに、やっと対等になれたと思ったのに。

「まだ……ダメなんですか……?」
「葛城には他にやることがあるだろう。大学はどうした?恋だの愛だの言う前に、目先の目的を済ませるんだな」
「っ……でも!」

 言い返そうにもいい言葉が見つからない。遠くで楽しそうな声が聞こえた。今日は卒業式。ウタカタ先生と会える、最後の日。

「……じゃあ、これだけ。……最後にこれだけお願いします」
「なんだ?」
「……私のこと、名前で呼んでください」

 諦めるなんてできない。どうしても叶わないというのなら、ひとつくらいは叶えてくれたっていいでしょう?

「先生、」

 何も言わずに背を向けた先生に、いよいよ涙が零れてしまいそうだ。せめて最後の先生の姿を焼き付けておこうと、顔をあげる。

「ホタル」
「……え?」
「大学卒業したら、そん時はまた考えてやるよ」

 目に焼き付いたのは、振り返って意地悪気に笑った先生の顔。その言葉の意味に気づいて先生を追いかけるのは、もうちょっと後の話。