涙溶けの幸せ
理由なんてわからない。小さな不安がたくさん積もって、胸の奥がすごく冷たい。ウタカタ様も傍にいるのに、私は独りじゃないのに、寂しくて悲しくて仕方ない。「ウタカタ様……」
宿の夜、物音ひとつしない静粛。それさえ私にとっては不安で、少し離れたウタカタ様の部屋に迷惑を承知で足を運ぶ。
「こんな時間にどうしたんだ、ホタル」
ウタカタ様の顔を見た瞬間、涙が溢れて止まらなくなった。座ったウタカタ様に抱きついて、子供みたいに泣きじゃくる。そのうち、ウタカタ様の手が頭を撫でてくれて、優しく抱きしめられて、余計に涙が止まらない。
「何があった?ホタル」
問いかけに答えたくても、ちゃんとした返事ができない。ただ不安で、ウタカタ様に会いたくて、そんな不明瞭な理由をウタカタ様に言えるはずがない。
「ホタル……」
心配そうな声で名前を呼ばれて、また抱きしめられた。ウタカタ様の優しさに積もった不安が溶けていく。ぎゅっと着物を握って、その湿り気に慌てた。ウタカタ様の着物を、涙で濡らしてしまうなんて。
「ウ……っ……さま」
名前さえちゃんと呼べなくて、自分の情けなさに腹がたった。忍びはいつ何時も涙を見せるべからず。何度も教わった、教訓だというのに。
「そんなことはいい。気にするな」
なんとか出した謝罪の言葉に、降り注いだ抑揚のない言葉。呆れられてしまった、もしかしたら破門かもしれない。こんな泣き虫な弟子、いらないのが普通だもの。
「今は気がすむまで泣け。オレが抱きしめてやるから」
俯いていた顔を上げて、優しく笑ったウタカタ様を見つめた。どうしてウタカタ様は、こんなに優しいんだろう。ぎゅっと抱きしめられて、最初とは違う感情で涙が流れた。ウタカタ様、ウタカタ様。大好きな、私の師匠。
「落ち着いたか?」
背中を優しく叩かれて、ウタカタ様の心臓の音が聞こえて安心する。今までの不安が嘘のよう。溶けた不安は涙に変わった。ウタカタ様が全部溶かしてくれた。
「今日はこのまま寝ろ。泣き疲れただろ」
「……ウタカタ様」
「お前が寝るまで起きていてやるよ、ほら」
ウタカタ様の腕枕と、かけられる毛布。真っ赤になった目を見られるのは恥ずかしいけど、優しいウタカタ様の顔を見ていたらそんなことも忘れて、幸せな気持ちになる。
「子守唄でも歌ってやろうか?」
目元を指先で撫でられたあと、イタズラ気に言われた台詞に笑みがこぼれる。本当、私の不安を消してくれるのも、私を幸せにしてくれるのも、ウタカタ様以外にはいない。そう思えるくらい、ウタカタ様が大好きで。
「……大丈夫、です」
「ふっ……、やっぱりお前には笑顔が似合うよ」
ゆっくり撫でられる心地よさに目を閉じ、ウタカタ様に近づいた。指先が乾きはじめた着物に触れて、ウタカタ様に吸い込まれた不安が幸せに変わったのを感じた。