ビロードに包まれて

「ホタル、近い」
「狭いんだから仕方ないじゃないですか」
「だからって、もっと離れられるだろう。あっちへ行け」
「嫌ですー。やっと2人きりになれたんですから、思う存分甘えないと」

 賑わう街から飛び立ったシャボン玉。移動手段にこれを使うのは久しぶりだ。ホタルの修業のためと、道なき道を進み、様々な里を転々とする日々。今日こうして空を飛んでいるのは、ホタルへのちょっとしたご褒美。高価な宝石やバックよりも、オレとの時間をねだるとは、やっぱりこいつは変わっている。

「本当にこんなのでいいのか?あの市場は、女が欲しがりそうな物がたくさん売ってたが……」
「忍の旅にあんな装飾品、邪魔なだけですよ。こうしてウタカタ様とゆっくり2人きりでいられる時間が、私には宝石よりも高価なんです」

 片腕に抱きつき、少し甘えた声でホタルはオレに擦り寄った。日が暮れかかった空は、薄紫に染まる。シャボンから見える街も、ちらほら明かりがつき始めた。

「まあ、安上がりで結構だけどな」
「ねえ、ウタカタ様」
「ん?」
「私のこと、好きですか?」

 さっきよりも数段やわらかくなった声で、ホタルが問いかけた。驚いてホタルを見ても、秋の空はそれを隠してしまう。目に見えるのは、街の灯かりだけ。

「めずらしいな。ホタルがそんなことを聞くなんて」
「……やっぱり、こんな問いかけはうざったいですか?」
「うざったくはないが、馬鹿だと思うな。そんなわかりきったことを聞くなんて」

 忍の目は、暗闇に強い。慣れてきた視界にホタルを見つけ、その輪郭を指でなぞった。艶めいた唇が、薄く開く。

「馬鹿でも、聞きたかったんです」
「答えを、か?」
「はい」

 だんだんと鮮明になるホタルの姿。赤くほてっていく体。熱が集まった頬を包み、額をくっつけた。震えるホタルの瞳が、オレに留まる。

「その顔見てると、押し倒したくなるんだよな」
「え?」
「愛してるよ、ホタル。誰よりも何よりも、お前が大切だ」

 目を見開いたホタルの唇を塞ぎ、ゆっくりと距離をつめた。星が輝く前の、秘密の睦言。雲ひとつない暗闇が、オレたちを包み込む。

「ったく。いちいち言わないとわからないなんて、女は面倒だな」
「……言われなくても伝わってます。でも、ときどき不安になって、言葉が欲しくなるんです」
「ふうん……」
「やっぱり、面倒ですか?」
「いや。言葉が欲しいってのは、なんとなくわかるよ。それに、こんなんでホタルが幸せになれるなら、安いもんだ」

 胸に擦り寄るホタルを抱きしめ、真下に広がる灯かりを見た。あの灯の中、一体何人の人がいるんだろう。虫の声ひとつ聞こえない、空の真ん中。

「2人きりってのも、いいもんだな」
「気に入りましたか?」
「ああ」

 ホタルの口から漏れた小さな笑い声が耳に届く。幸せそうなその表情に、真下に輝く星たちが淡く揺らめいた。