ぼくらゆく先に愛は眠っていないから
月明かりに照らされる白い頬を指でなぞる。程よい柔らかさに口許を緩め、眠り続ける横顔を見つめた。静かな夜に、シャボン玉は流れていく。追い忍から逃げ、盗賊から逃げ、オレたちはどこへ流れていくのだろう。せめてこの子だけは、帰るべきところへ返さなければ。
「………………」
この子を苦しめる、土蜘蛛の禁術。あんな目にあったというのに、何をそんなに執着するのだろう。師弟の関係を結ぶつもりも、土蜘蛛に留まるつもりもない。ただ、あの盗賊たち、何かが気になる。
「――ホタル――――」
本人の前では口にしてはいけない名前。自分の境遇は、痛いくらいにわかっている。期待をさせてはいけない。どうせ悲しませてしまうなら、傷は浅いほうがいい。
「お前は、――――」
オレは、この子にどうなってほしいんだ。幸せになってほしい?ずっと笑っていてほしい?この子を逃がしたら、もう2度と会わないつもりなのに、そんなことを願ってどうするんだ。――馬鹿馬鹿しい。この子はとことん、オレの調子を狂わせる。
「チィ…………」
無防備な寝顔から目を逸らして、煌々と輝く月を見上げる。これからどこへ逃げようか。日が昇り、明るくなれば、この子も自力で帰れるだろう。
あとは何も知らない。知らなくていい。この子を苦しめる枷は、禁術だけで充分だ。