おいで。わたしの恋。

 灰色の雲から落ちてくる雨が、傘に当たって大きな音をたてる。突然現れた大きな雲は、雷鳴と共に大粒の雨を降らせた。急な夕立に慌てたが、たまたま近くにあった小さな商店で、古いながらもちゃんとした傘を買うことができ、ずぶ濡れは免れた。でも、空を覆った雲はしばらく消えそうにない。

「ったく……今まで暑かったと思えばこの夕立だ。やっぱり夏は嫌だな」

 傘を持ったウタカタ様が、舌打ちまじりに愚痴をこぼす。ひとつの傘に、私とウタカタ様。いつもより密着した体と、見上げればすぐ傍にあるウタカタ様の顔に、心臓がどきりとした。

「ウタカタ様は、夏はお嫌いですか?」
「夏の夜は好きだ。だがこの雨に蝉の音にじりじりとした太陽。……昼間は大嫌いだな」

 口を歪めるウタカタ様に合わせるように、遠くで雷がピカリと光った。少し不安になってウタカタ様に近づく。たまたまありつけた古い傘。雨は防げても雷は大丈夫なのかしら。もし近くに落ちでもしたら、

「大丈夫だ。そう近くには落ちない」
「え?」
「雷が怖いんだろ?ったく、お前はわかりやすいんだよ」

 ちらりとこちらを向いたウタカタ様と目が合って、そのとき初めて気づいた。ウタカタ様の右肩が濡れている。私は少しも濡れていないのに…。もしかしてわざと私の取り分を多くして?

「ウタカタ様、肩が濡れてしまって……」
「あ?……ああ、このくらい平気だ」
「でもっ、風邪を引いてしまわれたら大変です!」
「こんくらいで倒れるほど柔じゃねーよ。……それにホタル、オレが倒れたらお前が看病してくれるんだろ?」

 意地悪な笑みを浮かべて、ウタカタ様が私の顔を覗きこむ。

「そ、それは、……私はウタカタ様の弟子なのですから当然です!」
「はっ……。弟子、ねぇ……」
「なんですか!その微妙な顔はっ」
「なんでもねぇよ。ほら、ホタル。そこの甘味処で一休みするぞ。団子でも奢ってやるよ」

 子供扱いするウタカタ様に反論しようとしたら、大きな雷が雲の内側で轟く。小さく漏れてしまった悲鳴に、ウタカタ様が楽しそうに笑う。

「もう……ウタカタ様っ!」
「ははっ、ほんっとにお前といると退屈しないな」
「それ、褒めてるんですか?」
「褒めてるよ。ホタル、お前は本当に面白い」
「……むぅ」

 いつからこんなに、ウタカタ様に弱くなってしまったんだろう。昔はもっと普通にウタカタ様が見れたのに、今はドキドキして笑顔なんて見れたらどうしようもなくなる。

「……ウタカタ様」
「ん?」
「……これって恋、ですかね?」
「今頃気づいたのかよ」

 「オレはとっくに、お前に惚れてたけどな」そう耳元で囁いて、ウタカタ様は私に傘を押し付けてさっさと甘味処に入ってしまった。

「ウタカタ様っ!?」
「早く来いよ。風邪引いても知らねぇぞ」
「それはこっちの台詞です!!」


Thanks for alkalism