君の目が醒めたら
安らかな寝息をたてるホタルの横で、オレは途方にくれていた。刻々と時を刻む時計が憎い。ため息をついて頭を掻きむしり、意気地のない自分を責める。「ウタカタ様。明日が何の日か知ってますか?」
「明日……?」
「……実は明日、私の誕生日なんです」
「なっ!?どうしてもっと早くに言わなかったんだ!もう夜だし、オレはプレゼントとかそんなものは……」
「いいんです。プレゼントなんていりません。ただ、その代わりにひとつだけ、お願いがあるんです」
「なんだ?」
「明日、朝起きたら、私の好きなところを……そうですね、10個言ってください。そして、そのあとに、愛してるって、言ってください」
「は……」
「10個が多いなら、ひとつでもいいですから……。絶対ですよ。明日、楽しみにしてますから」
何度も反復するホタルとの会話。明日の朝、……もう今日の朝、か。オレはホタルに、何を伝えればいいんだろう。好きなところを10個。そして、「愛してる」の言葉。こんなプレゼントなら、ブランドもののバッグを強請られたほうがマシだ。
なぜならオレは……オレは……、……そう、そういう好きだとか愛しているだとか、軽々しく言えるほど軟派な男じゃないし、それにホタルの好きなところを10個だなんて……
「あ゛ー……」
言えるわけがない。間接的にならまだしも、直接、目の前にいるホタルにそんなこと、言えるわけがない。「愛してる」だけでも辛いんだ。10個も言えるか、馬鹿野郎。
「ん……」
悶々とするオレの横で、ホタルは幸せそうに寝返りを打つ。その顔を見て癒されている自分に気づき、ホタルを起こさないように小さく舌打ちをした。
そうだよ。オレはこんな何気ない動作で癒されてしまうくらい、ホタルを……まあ、大切に思っている。でもそれはいちいち口にすることじゃなく、動作や雰囲気で伝えられれば良いわけで……。
「……ウ……さま…」
夢の中にいながらも、ホタルはオレの名を呼び手を伸ばす。その手を握って、己の未熟さを怨んだ。いくら忍として強くたって、惚れた女に口説き文句のひとつも言えない男が、踏ん反り返って弟子を雇い、偉そうに生きていていいのだろうか。
「……ホタル……」
時計の針はとっくに12時を回っている。今日は、ホタルが生まれた日。それはオレにとっても大切な、特別な、誕生日。毎日呆れるくらいに気持ちを伝え、飽きることなくオレに擦り寄るホタル。そんなホタルの願いなんだ。聞いてやりたい。叶えてやりたい。
「……今日だけだから、な」
覚悟を決めて、ホタルの手をきゅっと握りしめた。愛の言葉と、ホタルの好きなところを10個。でも、10個なんて言えるわけがない。そんな長々と軟派な真似ができるか。そんな恥ずかしい真似ができるか。
朝、ホタルが目を覚ましたら、1番に伝えてやるから、だから許せよ。これがオレの、精一杯なんだ。
(10個なんて少なすぎて、伝えきれねぇよ)