あしたも大好き

 こんなに満たされた気分になったのはいつぶりだろう。もしかしたら初めてかもしれない。何の不安も不満も感じない。目の前にある幸せに、素直な気持ちで喜べる。緩みそうになった口元を引き締め、けれどすぐにほどけてしまう。
 欲しいものが手に入った、子どものような感覚。心地好い浮遊感に、意識を手放してしまいそうだ。

「うたかたさま」

 いつもより少し堅い声で名前を呼ばれる。顔を向けて返事をすれば、頬を染めて目を逸らす。自分から呼んだくせに、赤く俯いた顔は黙ったまま。しばらくしてやっとこちらを向いたかと思うと、また俯いて顔を隠してしまう。

「なんだよ、ホタル」
「あ……、……」
「照れているのか?顔が赤い」

 わかりきった質問をすれば、ホタルは赤い顔をさらに赤くして口を薄く開いた。困った表情と潤んだ目で見つめられ、誘っているのかと問いたくなる。そうしない代わりに頭をそっと撫でれば、ホタルは少し表情をやわらかくして、安心したように目をつむった。

「らしくないな。今まではこっちが照れるくらいに近かったのに」
「それは、まだ……そういう関係じゃなかったから」
「そういう関係?」
「こ、こいびと……同士……」

 照れながらそういうホタルは、惚れた欲目を引いても可愛らしかった。
 ホタルにとってオレは、初めての相手なのだろう。年頃の少女、お伽話のような世界を想像しているのかも知れない。膨らむ期待と、少しの不安。素直に甘えてこないのも、きっとそのせい。その初々しさを愛しく感じながら、ホタルの髪を指で解く。

「そんなに緊張するな。それより、せっかく想いが通じあったんだから、やりたいこととかあるだろう。何かないのか?少しくらいのわがままなら、聞いてやるから」
「やりたい、こと……」

 オレの問いかけに、ホタルは考えるように視線を左下に逸らした。ホタルが考える「恋人」は、いったいどんなものなのだろう。
 互いに触れ合い、繋がることもいいが、まずはホタルの望みを叶えるのが優先だ。ホタルの最初で最後の相手になるために、傷つけることはしたくない。
 そんなことを考えていると、ホタルが視線をもとに戻し、にっこりと微笑んで口を開いた。

「……まずは、たくさん話がしたいです。好きなものとか、今日あった嬉しいこととか、時には悲しいこととか……。それと…、手を繋いで歩きたいです。遠くに行かなくてもいいから、ウタカタ様と手を繋いで、外を歩いてみたいです。…………あと――」

 ホタルがまた頬を赤く染めてオレを見つめた。少し迷ったように眉を顰め、けれどすぐにそれを解き、髪に触れるオレの手に自身の手を重ね、目を細める。

「夜……一緒に寝たい、です。私、ウタカタ様に抱きしめてもらうと、なんだか安心して……だから、その。ぎゅってして、眠りたいな、なんて……」

 なんて可愛らしい要求なのだろう。話をして、手を繋ぎ、抱きしめながら眠りにつく。そんなこと、頼まれなくてもこちらからするつもりだ。
 愛おしさに堪えられなくなり、ホタルを腕の中に収めた。やっと手に入れた、愛する人。互いの気持ちが同じというだけで、こんなにも満たされてしまう。
 顔を真っ赤にして、戸惑いがちにオレの名を呼ぶホタルが愛しい。1度知ったら2度と手放せない、甘い媚薬。ホタルはもう、オレの虜。そしてオレも、もうずいぶん前から、ホタルに捕まり、逃げることはできない。

「そんなこと、毎日だってしてやる」
「ウタカタ様」
「もう離さないからな。やっと手に入れたんだ」
「私だって、離したりなんてしません」

 顔を近づけ、ホタルの頬に触れた。普段より少し熱い、柔い感触。そっと唇を寄せれば、いつもより早い鼓動に気づく。まだ始まったばかりの、オレたちの恋。終わりの見えないこの想いに、2人の口元が淡く綻んだ。


Thanks for 確かに恋だった