桜楓文に顔をうずめて

 正月、元旦。今年初めての太陽が空を照らし数時間経った頃、ウタカタとホタルはこたつでお節をつついていた。テレビから聞こえる笑い声と、正月らしい穏やかに流れる空気。平和をそのまま映し出したような光景に、ウタカタは満足げに息を吐いた。正月という空気を肌で感じられたのは久しぶりかもしれない。今までは追い忍から逃げ暁から逃げ、落ち着く間もなく年を越していたから。

「まったく。いいものだな、正月ってのは」
「……」
「ホタルもどうだ?栗きんとん。甘いものは好きだろう?」
「……いらないです」

 上機嫌なウタカタとは反対に、ホタルはふてくされた表情でこたつに顎を乗せ答えた。出されたお節にもろくに箸を付けず、この部屋の平穏を唯一乱すホタル。

「どうしたんだ?そんなに不機嫌な顔をして」
「だって、せっかくのお正月ですよ?なのにどこにも行かず、こたつでのんびりテレビを見て……。こんな寝正月じゃつまらないです!」
「そう言うな。こんな平和な時間がどんなに大切か、ホタルもよく知っているだろう」
「それはそうですけど……」

 ホタルを諭しながら、ウタカタはバレないように安堵の息をついた。正月に出かけるなんて、自分から疲れにいくようなもんだ。オレにはそんなアウトドアな行動は似合わない。こたつでホタルとお節を食べられるだけで、オレは十分幸せなんだ。

「そんな顔をするな。せっかくの正月が台無しだろう」

 ホタルの頭を撫で、ご機嫌取りをするように栗きんとんを差し出す。それを見たホタルが、むっとした表情をしながら顔を逸らした。

「いらないです!ウタカタ様ったら、そんな調子の良いことを言って、ほんとうは外に出るのが面倒なだけでしょう?」
「うっ……」

 あまりに図星なホタルの言葉に、ウタカタは動揺したように顔を強ばらせた。そんなウタカタの様子に、ホタルは頬を膨らましてむくれた。こたつから出てウタカタの腕を掴むと、ぶんぶん揺らしながら遠出をせがむ。

「せっかくのお正月ですよ?初詣とか初売りとか、初日の出だってウタカタ様と見たかったのに、ウタカタ様ったら寝てしまって……こんなのあんまりです!」
「しかしな……正月に出かけるなんて、疲れに行くようなものだろう。人混みにイライラするし、いらない物まで買ってしまうし」
「でも、ウタカタ様と迎える初めてのお正月が、こんななーんにもない1日だなんて……」
「そんなに出かけたいなら、送迎だけはしてやるよ。シャボン玉で行けば、渋滞ぐらいは回避でき……」
「それじゃ意味がないんです!!」

 上手くとりつくろうウタカタに諦めたのか、ホタルは肩を落として俯いた。これで出かけなくて済むと想った反面、ウタカタはホタルの悲しそうな表情に眉を寄せる。

「ホタ――」
「いいです。諦めます。こんなにウタカタ様が嫌がっているのに外に出ても、喧嘩をするだけですよね。新年早々、そんな理由でもめるなんて嫌ですし……」
「…………」
「わがままを言ってすみませんでした。ただ、どうしても、お母様の振袖を着て、外に出てみたくて……」
「え?」
「遁兵衛が押し入れの奥から見つけたんです。こんな機会めったにないし、ウタカタ様に私の振り袖姿、見てほしかったんですけど……」
「ふり、そで?ホタル、まさかそれを着て初詣に――」
「そのつもりでした。けれど、諦めます。今すぐ着なくてもいつか着られるだろうし。今年は大人しく、寝正月に努め――」
「ホタル!!」

 こたつに戻ろうとしたホタルを掴み、はずみでホタルを押し倒す形になる。小さく叫んだホタルの手を握ると、ウタカタはホタルの上に乗りながら真剣な表情で言った。

「行こう、初詣」
「へ?」
「振袖なんてめったに着られないだろう。それに、あれは未婚女性の着物だ。下手をするとこのまま一生着られない可能性もある。母親の形見ならば尚更早めに……」
「う、ウタカタ様。私そんなに早く結婚なんて……。それにその手はな、」
「急がないと日が暮れるな。よし、俺が着替えさせてやろう。まずは振袖用の下着に着替えて……」
「きゃー!!ウタカタ様のえっち!!」