誰かが君を幸せに

「ウタカタ様、失礼します」

 襖の向こうから聞こえた声に、意識が体に戻ってくる。ゆっくりと開く襖に顔を向ければ、そこには夕焼けをバックに立つホタルの姿。いつの間に、こんなに時間が経っていたんだろう。

「包帯を変えにきました。お時間、平気ですか?」

 救急箱を片手にそう言ったホタルは、オレの無言を肯定と受けとったのか静かに隣に座った。救急箱の蓋を開け包帯を取り出すと、オレの着物に手をかける。

「触るな。自分でやれると昨日も言っただろう」
「でも……お1人じゃ大変でしょうから、私も手伝って――」
「手伝いはいらない。それに、もう傷口も塞がった」

 ホタルの手を払いのけ、背を向けて着物を脱ぎ始める。追い忍につけられた傷も、だいぶ癒えた。これも六尾アイツのチャクラのおかげ。常人とは違う回復力は、オレが異常であるという証拠。

「嘘をつかないでください!あんな深い傷が、そう簡単に治るわけ……」

 声を張り、オレの体を見たホタルの声が消える。視線の先には、塞がった傷口。跡こそ残るものの、もう包帯なんて必要ないオレの体。驚きを隠せない表情のホタルが、戸惑いがちにそこに触れる。

「嘘……。昨日まであんなに深かったのに……」
「わかっただろう。さっさと向こうへ行け」
「…………」
「なんだ」
「ウタカタ様……もうここを出て行ってしまうのですか?」

 傷跡に触れながら、ホタルはこちらを見て言う。それに対する沈黙を、ホタルはまた肯定と受けとったらしい。寂しげに俯きながら、解いた包帯を片付け、救急箱を静かに閉じる。

「もっとここにいることは、できないのでしょうか?」
「オレはここの人間じゃない。遅かれ早かれ、出ていくのは同じことだ」
「でも!……でも、私は……ウタカタ様ともっと一緒に……」

 ホタルの声が、一層悲しげに響いた。その声に込められた想いを悟り、静かに目を閉じる。どうせ、叶わない願い。

「どんなにここに留まろうと、弟子をとる気はない」
「たとえ弟子になれなくとも、私はウタカタ様のお傍にいたいんです。弟子と認めて頂けないのなら、せめて少しでもお役に立ちたい……」

 再び俯くホタルを見て、その横にある救急箱に目が行く。オレが異常でなければ、常人と同じなら、ホタルを満足させられた。こんな辛い表情を、させなかったのに。

「…………煮付け……」
「え?」
「魚の煮付けが食べたい。役に立ちたいと言うなら、それくらいしてくれるんだろう?」
「……は、はい!私、頑張って作ります!魚の煮付け、ですね。待っていてください!」

 救急箱も忘れ、嬉しそうに駆けて行くホタルを見送る。少しくらい安らぎを求めても、罰は当たらないだろう。これが最後の夜なんだ。傷は癒えた。オレがここにいる理由は、なにもない。


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