炬燵戦争

「ウタカタ様、いい加減負けを認めたらどうですか」
「ホタルこそ、師匠に逆らうつもりか」

 真冬のこたつの中で、睨み合う男女が1組。布団を肩まですっぽりと被り、体を寄せ合いながらも、2人の間にはピリピリとした空気が漂っていた。

「こういうときにだけ師匠面をするのはやめてください」
「なんだと……?まるでオレが普段は師匠らしいことをしてないような言い草だな」
「だって、ウタカタ様ったらいつもお昼寝ばかり。少しは師匠らしく、弟子のお手本になってください」

 弟子に文句を言われる男――もといウタカタの眉間の皺が寄った。それに怯むことなく、弟子、ホタルもウタカタを睨みかえす。温かいこたつの空気には似合わない雷鳴が、2人の間から聞こえてきそうだ。

「ホタル、もう修業をつけてやらないぞ」
「私だって、もう一緒に寝てあげません」
「…………」
「…………」
「いい加減、みかんを取ってこい!」
「いい加減、みかんを取ってきてください!」

 痺れをきらして2人が同時に叫ぶ。こたつに入ったとき、2人の空気は平穏だった。小さなこたつ。同じ場所から体を温め、取り留めもない話をしながら笑いあう。空気が変わったのは、ウタカタがみかんを食べたいと言ってからだ。

「ウタカタ様が先に言ったんじゃないですか!みかんが食べたいなって!」
「ホタルこそ、それに賛成して台所にみかんがあると言っただろ!」
「言い出した人が取りに行くべきです!」
「みかんの場所を知っているやつが取りに行くべきだ!」

 埒の明かない言い合いを、2人はもう15分間も続けている。たかがみかんごときで喧嘩するのも馬鹿馬鹿しい……お互いそう思いながらも、引くに引けないのだ。ウタカタは頑固、ホタルは諦めが悪いという、面倒な性格の持ち主なのだから。

「早く取ってきてくださいよ。私、お腹が空いてきました」
「断る。やっと体が温まったんだ。腹が減ったなら尚更お前が取ってこい」

 1度入れば中々抜け出せないのがこたつの魔力。ほんのりとしたなんとも言えない温かさは、人々の心をいとも簡単に掴んで癒し、そしてその場所に留まらせようとする。

「ウタカタさまぁ……お願いですから……」
「甘えても駄目だ。オレはここから出ない」
「……じゃあ、2人で一緒に取りに行きましょう?そうすれば公平になるじゃないですか」
「一緒に?」

 なんて馬鹿馬鹿しい提案だ。とウタカタは思った。たかがみかんごときを、2人一緒に取りに行くなんて。反論しようと開いた口を、ウタカタはすぐに閉じた。確かに馬鹿馬鹿しい。けれど、これしか方法はないのだ。たかがみかんごときにこたつを出るのは癪だが、たかがみかんごときでホタルと喧嘩をするのは、もっと馬鹿馬鹿しいことだ。

「……わかった。じゃあ一緒に行こう」
「はい」
「…………」
「…………」
「早く出ろよ」
「いえ、ここはウタカタ様からどうぞ」
「…………」
「…………」

 一瞬和らいだ周りの空気が、またピリリと強張る。再び始まる睨み合いに負けたのはウタカタのほうだった。眉間の皺を解いて息を吐くと、布団の中にしまっていたホタルの手をぎゅっと掴む。

「ウタカタ様?」
「こうすればどちらかが裏切ることもない。行くぞ、ホタル」

 ウタカタが立ち上がると、続いてホタルの体も持ち上げられる。温まった体に、こたつ以外に暖房器具のない部屋の空気は、とても冷たいものだった。素肌を貫く冷たい空気に、ホタルが悲鳴をあげる。

「ひゃあ!やっぱり寒いです!」
「我慢しろ。これもみかんのためだ」
「はい……。……あ、ウタカタ様の腕、温かい」
「ずっとこたつに入っていたからな……行くぞ」

 腕に張り付くホタルを引き下げながら、ウタカタは台所へと歩いた。そして無事にみかんを取り、再びこたつに入る。あまりにも呆気なく終わってしまった動作に、ウタカタとホタルは気まずそうに顔を逸らす。

「……なんか……ガキだったな、2人とも」
「はい……。ウタカタ様、失礼なことを言ってしまって申し訳ありませんでした」
「いや……。オレのほうこそ悪かったよ。――せっかく取ってきたんだ。あんなことは忘れて、食べようじゃないか」
「はい!」

 元のような平穏な空気に戻り、2人の間にまた安らぎが訪れる。甘酸っぱいみかんを頬張り笑顔になるホタルの顔を見て、笑顔になるウタカタ。そんなウタカタにみかんを食べさせるホタル。

「やっぱり、冬はこたつでみかん。ですよね!」
「ああ、そうだな」
「なんだか、あったかいお茶が飲みたくなってきました」
「奇遇だな、オレもだ」
「お茶はどこにありましたっけ?」
「それなら、さっき台所で見たぞ」
「…………」
「…………」



(今度こそ、ウタカタ様が取ってきてください)(いや、今度こそ、ホタルが取ってくるべきだろう……)