祭囃子と林檎飴
季節の移り変わり、冷たい風が祭囃子を耳に伝える。旅の途中に聞こえた笛の音につられ、小さな町に足を運んだ。季節外れの祭はどこか静かで、けれども路上に並んだ夜店からは祭特有の甘い匂いが立ち込める。
「お祭りなんて久しぶりです。小さい頃はよく土蜘蛛のお祭りに連れてってもらったんですけれど、おじいさまが亡くなってからはさっぱり……」
「あまり大きくはないが、立派な祭だ。少し見ていくか」
「はい!」
林檎飴に綿菓子。風車を持った子供達が、オレたちの横をかけていく。ホタルの舌に濡らされる飴が、夜店の灯かりに照らされて妖艶に輝いた。
「懐かしい味。昔を思い出します」
「美味しいのか?それ」
「食べてみますか?」
差し出された飴の後ろで、艶めくホタルの唇。赤色のそれよりも甘そうな輝きに魅了され、誘われるように唇に舌を這わせる。
「う、ウタカタ様!!」
「……確かに甘い、な」
「もう。みんなに見られちゃいましたよ?」
「そっちのが美味しそうだったんだ、しょうがないだろう」
恥ずかしげに飴をくわえるホタルの手をとり、笛の音が聞こえる方向へ足を進める。空の色は薄紫。頬をなぞる風は、冷たいまま。
「……昔、おじいさまが元気だったころ、こんな風に2人で歩きました。林檎飴を食べて、手を繋いで、浴衣を着て……」
「浴衣、か」
「ほんとうに懐かしい。あんなに昔のことなのに、人の記憶ってすごいですね。祭囃子も、林檎飴も、おじいさまの笑顔も、昨日のことみたいに鮮明で……」
笑顔を浮かべたホタルの顔を、冷たい風が器用に隠す。役の行者との幸せな記憶。すれ違う子供に、浴衣姿の幼いホタルが重なる。
「ウタカタ様?」
「ちょっと待ってろ」
「え?」
耳に届く祭囃子が遠くなる。すれ違う人たちから聞こえる笑い声。草履がたてる鈴の音が、ホタルへの想いを募らせる。
「ウタカタ様!いったいどこへ行って……」
「これ、買ってきたんだ」
「あ……」
「後ろ向けよ、つけてやる」
縮緬で作られた桜の
「浴衣は無理だが、これくらいは、な」
「ウタカタ様……どうして……」
「せっかくの祭だ。お前だって少しはめかし込みたいだろう」
「……ありがとうございます、ウタカタ様」
きゅっと腕に抱きついたホタルの桜を、風がゆらりと揺らした。向こうに聞こえる祭囃子が、夏の終わりを予感させる。
「秋が来て冬が来て、桜が咲く」
「そうしたら、また夏がやってきますね」
「来年の祭は、ちゃんと浴衣を着てくるか。ホタルの浴衣姿、1度見てみたい」
過ぎ行く季節は2度と戻ってこない。それでも、変わらないのはホタルの温もり。肌寒くなった腕にホタルを絡ませ、祭囃子へ耳を傾けた。