風葬ラブレター

 夕方の風がやわらかく部屋へ入ってくる。障子を全開に開けたこの部屋からは、夏の夕焼けがよく見える。蜩の鳴き声を背景音に綴る恋文は、なんだか切ない。手に持っていた筆を硯に置き、儚げな朱色を見つめる。
 緩やかな風に、薄い雲が流れていた。どこからか蛙の鳴き声も聞こえる。昼間は暑くて感傷に浸る隙もないのに、どうして夏の夕はこんなにも切ないんだろう。こんな時に思い出すのは、決まってウタカタ様のこと。今、あの人は、どこで何をしてるんだろう。

「あ、」

 空の色に惹かれて立ち上がった瞬間、風に吹かれて机の上の手紙が飛んでいく。1枚1枚、蝶のように羽ばたいて。掴もうと伸ばした指先に、墨で綴ったウタカタ様への想いが触れる。
 一瞬たじろいだ間に、手紙は風に乗って遠くへ行ってしまった。あとに残るのは、立ち尽くす私と、切ない旋律だけ。

「……ウタカタ様」

 何枚も何枚も綴った手紙。その返事は、ずっと返ってこない。出す宛てのないラブレター。風がウタカタ様に届けてくれたのかしら。だとしたら、それは遠い雲の上。どんなに走ったところで、手紙にはもう追いつけない。
「おい」

 夕焼け色の下、消えてしまった手紙を掴みながら、佇むのはウタカタ様。最後に会った日より、少し髪が伸びて日焼けをしている。立ちつくす私を不機嫌に見つめながら、くしゃくしゃになった手紙を突き出す。

「砦への道を歩いていたら、空から降ってきたんだ。読んでみたらオレ宛ての手紙だし、字はお前のだし、これはどういうことだ?」

 再会の第一声がそれだなんて。
 怒りだしたい気持ちを抑えながら、ゆっくりと縁側へ歩き出す。1年ぶりのウタカタ様。なんの連絡もくれなかった。私は何度も手紙を出したのに、「生きている」の一言さえ、くれなかった。

「……怒っているのか?返事を出さなかったこと」
「当たり前です。ずっと……待ってたのに」
「悪かった。でも、仕方なかったんだ。Sランクの極秘任務で、少しでもこっちの存在がばれたら命の危険があった」
「…………」
「……オレが死んだと思ったのか?」

 黙ったままこくりと頷く。その仕草に、ウタカタ様は少し微笑んで私の頭を撫でた。縁側に立っている私は、ウタカタ様よりも背が高い。俯いたままウタカタ様と目があって、少し泣きそうになった。

「オレがホタルをおいていくわけがないだろう。約束したんだから」
「……だって、すごく、心配で……」
「返事は出せなかったが、ホタルのことを忘れた日は1日もない。だから許してくれ」

 私を見上げながら、ウタカタ様は何度も私の頭を撫でる。愛おしむように頬を包まれて、切なげに目を細めて私を見つめる。そんなウタカタ様を見ていたら、我慢なんてできなかった。
 裸足なのも忘れてウタカタ様に抱きつき、抱きかかえられながら口付けをする。本当に久しぶりだった。1年前に任務だと言って砦を出ていき、それから音信不通の日々。風に舞った手紙は、天国へ行ったのだと、そう思った。

「会いたかった。ホタル」
「私も、ウタカタ様に会いたかった」
「……手紙は全部持ってる。返事は、」
「いらないです、返事なんて。これからずっと生きていてくれれば、どんなに遠くへ行っても私のところに帰ってきてくれれば、それでいいです」
「ホタル……」

 手紙を飛ばしたのと同じ風が、ウタカタ様の髪を揺らす。背中に回された手には、私の書いた手紙。風はちゃんと、ウタカタ様に届けてくれた。そして、ウタカタ様を連れてきてくれた。

「ちょっと痩せたか?ずいぶんと軽くなったが」
「ウタカタ様は、少し太りましたね」
「なっ、任務だったんだ。そんなはずは……」
「冗談です。ウタカタ様は相変わらず、格好いい」

 もう1度唇を重ねて、思いきり抱きついた。少し身じろぎしたウタカタ様も、すぐに姿勢を整えて応えてくれる。
 蜩はいつの間にか止み、蛙はより一層大きな声で歌いはじめる。今夜は雨が降るのかもしれない。でも、そんなことどうだっていい。今はウタカタ様が傍にいれば、それだけで。


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