甘く痺れるかなしばり

「ひとりで寝るのが怖い」
 半ベソをかきながら枕を抱えるホタルを部屋に入れたのは何時間前だっただろうか。眠れない夜の時計は、まるで永遠を刻むように回るのが遅く感じる。
 そりゃオレだって何度も断った。けれど今にも泣き出しそうな表情にしたのはオレの責任だ。
 暑苦しい夏の夜を涼しくしようと、そして怖がるホタルが面白かったからと、どこの誰が言ってたのかわからない怪談話を言って聞かせた。それがいけなかった。そのせいでホタルはオレの布団に潜り込み、涼しくなったはずの夜は想像以上の熱帯夜になっている。

「……暑い……」

 ぬるい空気の中に、オレの嗄れた声がじわりと溶けていく。網戸を開けていても、風なんて一切入ってこない。ただでさえこんなに暑いんだ。それをこんな、片腕をみっちり拘束される形で抱きつかれていたら――色んな意味で生き地獄だ。

「ったく、お前は暑くないのかよ」

 眠れない苛立ちをすぐ傍にいるホタルにぶつける。それでも当のホタルはオレの腕に頬をぴったりと付けながら気持ち良さそうな寝顔を浮かべている。
 そんなホタルにため息をつきながら、暗闇に慣れはじめた視力を怨んだ。こいつのせいでオレはどんどん眠れなくなっている。
 今日は熱帯夜。当然オレもホタルも薄着だ。行き着く答えはひとつだけ――片腕に感じるホタルの柔らかさと、視界に入る乱れた着物の間の肌……健全な男が、仮にただの師弟だとしても、こんな状態で寝れるものか。

(師匠、これも修業なのでしょうか)

 額に浮かぶ汗を拭いながら、救いを求めるように記憶の中の師匠に問いかける。
 これが修業だとするなら、オレは今までのどんな辛い修業だって容易だと声を大にして言える。だってそうだ。オレたちは確かに師弟だ。けれどオレは、ホタルに惚れている。ホタルからすれば、オレは師匠兼兄みたいなものだろうけれど。

「ったく……生殺しかよ……」

 腕から伝わる胸の感触に、何も思わなかったわけじゃない。けれどオレを信頼しきって眠るホタルを見ていれば、そんな卑劣な行為をするのはあまりにも酷薄だ。
 耳に届く秒針の音が、この地獄が永遠でないことを教えてくれる。せめてこの暑さがなくなれば、そう気を病むほど辛い状況でもないのに。

「んー……」

 何度目かわからないため息のあとに、ホタルの声が続く。そのあとの行為に思考が停止した。
 ホタルの体は、相変わらずオレに密着したまま。けれどその割合が多すぎる。腕を抱いていた両腕は肩口に回され、足は腰の辺りに巻き付き、顔はと言えば目と鼻の先、いや、もっと近い。
 つまり一言で言えば、オレはホタルの抱きまくら状態。片腕を拘束されて身動きのとれなかったオレを良いことに、ホタルはオレに抱きついている。それこそ全身を使って。

「おいおい、そりゃないだろ……」

 最悪の状況に悲鳴をあげようとするが、それさえ抱きまくらと化したオレには許されないことだった。唇を尖らせようものなら、すぐ近くにあるホタルの額に当たってしまう。耐え切れない暑さのためかいていた汗も、今はただの冷や汗に変わっている。

「ウタカタさまぁ……」

 首筋にかかったホタルの吐息に背筋がぞくりとした。抱きつきながら寝言で名前を呼んでくれるなんて願ってもいない行為だが、今はただの嫌がらせにしか思えない。
 こんなことになるなら、ホタルに怖い話を聞かせるんじゃなかった。もっと早いうちにホタルから離れておくべきだった。手を打つ時間はあったのに、何もしなかったのはオレ。腕に感じるホタルの感触を離すのが惜しかった。そんな下心が今のオレを挑発するように体中を拘束する。

(師匠、オレを許してください……)

 これは悪夢なのか、そうであれば早く覚めてくれ。この悪夢から逃れるためなら、オレは何だってするから、だからオレを離してくれ。暑さと柔らかさで、理性がとろけてしまいそうだ。

「誰でもいい、助けてくれっ……」

 うなされるように動かした唇にホタルの額が触れる。その感触に目眩し、疲労と逃避から、オレは意識を手放した。


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