使い古した言葉の意味を、いま、君に見る

「ウタカタ様、どうしたんですか?」

 耳元でホタルの声が聞こえる。心地好い音の羅列。でも今は、その響きに酔っている場合じゃない。
 伝えなければいけない気がした。今この瞬間、ホタルに想いを、伝えなければいけない気が。でも、かける言葉が見つからない。人より何十倍も濃い人生を歩んできているくせに、オレのボキャブラリーはこんなにも貧相だ。
 言葉を探す間の沈黙を埋めるため、もう1度強く、ホタルを抱きしめる。

「ウタカタ様?」
「……なんだ」
「それは私の台詞です。さっきから黙ったまま、何かあったんですか?」

 まずいな、沈黙はもうオレを許してくれそうにない。なんとかして相応な言葉を口にしようとしてみたが、頭に浮かぶのはありきたりな告白だけ。そうじゃないんだ。オレが言いたいのは、もっと特別で、ホタルの心に響くような、そんな言葉で。

「……変なウタカタ様」
「なんとでも言え」
「ん……、でも、いいです。黙ったままでも。ウタカタ様に抱きしめられていると、安心しますし」

 ホタルの声が、だんだんと甘い響きを作ってきた。半音上がった音符は、どんな恋歌よりも胸に染みる。口角が上がった唇が近づき、頬に柔らかい感触を与えた。ホタルはここにいるだけでこんなにも、オレの鼓動を高鳴らせる。

「ウタカタ様、私、本当にウタカタ様が好きですよ。離れたくないって、そう思います。ありきたりな言葉で、申し訳ないですけど」

 少し俯きはにかみながら言われた言葉に、面を喰らった。あれほど口にするのをためらった言葉たちを、ホタルはいとも簡単に言ってのける。そしてその言葉は、オレの想像を遥かに越えて甘く響き、今までよりもずっと、ホタルを愛しくさせる。

「……ありきたりかなんて、関係ない」
「ウタカタ様」
「大切なのはその言葉に込められた気持ちの大きさだ。ホタル、オレはお前が好きだ」

 オレはホタルの師匠だ。けれどいつも、本当に大切なことはホタルに教えてもらっている気がする。オレたちは師弟で、そして互いに大切な存在で。
 伝える言葉は太古から使い古されたボロボロのフレーズ。それでも、それに込めた想いは、どんな恋人達にも負けないくらいの大きさ。

「……ウタカタ様は、素敵な方ですね。どんなにありきたりな言葉でも、ウタカタ様に言われると、途端に輝いて聞こえるんです」
「それはきっと、オレがお前を愛しているからだ。誰にも負けないくらい、強くな」

 さっきのホタルの甘い声のように、オレの言葉もホタルの胸に届いているのだろうか。少し心配になったが、頬を染めながら幸せそうにするホタルを見て、何度も耳にし口にした言葉の意味が、初めてわかった気がした。


Thanks for alkalism