恋を覚えた殺人鬼

 例えば、そう、ホタルを抱きしめたとき。オレの心は満たされる。
 柔らかい感触、心地好い体温、鼻腔をくすぐる甘い香り。ホタルの全てがオレを溶かし、らしくない笑みを浮かべさせる。

「ふふっ、」

 夢心地という表情で体を預けるホタルは、一体何を考えているんだろう。淡い色の髪の隙間から見える首筋。力を入れれば、きっとすぐに折れてしまう。

「幸せですね」

 ホタルの言う“幸せ”は、オレの思う“幸せ”と同じなのか。オレにはホタルしかいらない。もしホタルがオレ以外のモノと一緒にいて、それを幸せだと言うのなら――オレはそれを壊すだろう。オレにはホタルしか必要ないように、ホタルにはオレしか必要ないんだ。

「ウタカタ様」

 名前を呼ばれて、首にかけた手を外した。ホタルは笑っている。オレを見て、オレだけを見て、笑っている。

「ホタル」

 唇を重ねて、また触れてみる細い首。微かに伝わる脈拍。舌先から感じるホタルの熱。もしこの首を絞めたら、ホタルはオレのモノになるのか。オレの、オレだけの。

 でも、ホタルがオレだけのモノになれば
 ホタルの体温は、笑顔は、声は

「ホタル」
「ウタカタ、さま」

 人を殺すとき、躊躇などいらない。一気に思いのまま、力を入れてしまえばいいだけ。
 けれど、どうして。どうしてこんなに戸惑っている?手に入れてしまえばいい。それでホタルがオレのモノになるのなら、他には何もいらないじゃないか。

「ウタカタ様。私、ウタカタ様の傍にいられて、ウタカタ様と生きられて、本当に幸せです」

 ホタルの声が、体温が、言葉が、決意を鈍らせる。またダラダラと、甘ったるい日々を繰り返させる。さっさとホタルを殺して、元の根無し草に戻ればいいのに。つまらない愛など、棄ててしまえばいいのに。

「ホタル」

 どうしてオレは、ホタルを殺せない?
 どうしてオレは、ホタルを自分のモノにしたい?

 嫌と言うほど裏切られた愛情に、オレはまた惹かれていくのか。阿呆らしい。さっさとホタルを殺し、ここから逃げだそう。


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