逆上バスタイム

「師匠ー?そろそろ晩御飯ですよー?」

 旅の途中、小さな宿を借りて疲れた体を休めた。もう夕食の準備はできているというのに、ウタカタ様はお風呂から帰ってこない。

「師匠ー、扉、開けますからねー」

 大声で呼んでも返事はなく、仕方なしに脱衣所の扉を開ける。ふわっと湯気に包まれて、その中に倒れたウタカタ様。

「う、ウタカタ様!?」
「……ホタル……」
「どうしたんですか!?タオル1枚で、こんな」
「……ちょっと、湯船に浸かりすぎた……」

 蒸気した頬と、初めて見る男の人の裸体に戸惑う。でも今は照れている場合じゃない。早くこのサウナ状態の脱衣所から脱け出して、ウタカタ様を助けないと。

「師匠……ちょっと引きずりますけど、我慢してください」

 どうにかウタカタ様を部屋まで運んで(良かった、タオルも無事だ)コップに水をつぎ、ウタカタ様に飲ませる。口の端から溢れた水が、なんだか色っぽい。

「着物、持ってきますね。師匠は横になっててください」
「……悪い」

 まだ湯気の残る脱衣所からウタカタ様の着物を取り出し、急いで部屋に戻る。ウタカタ様を抱き起こして、着物の袖を通そうとする。

「ウタカタ師匠、早くこれを着て……」

 首筋を伝う雫。少し湿った胸板。触れた指が熱いのは、ウタカタ様の体温のせい?私のとは違う、逞しいオトコのヒトのカラダ。薄く開かれた瞳に、心臓が跳ねた。

「ホタル、自分で着られる……」
「あ、は、はい!」
「……ちょっと、支えててもらえるか?」
「え、っと……」

 まだ赤い頬に、掴んだ腕に感じる筋肉。目の前に見える肌色は相変わらず逞しくて、視線をどこに定めればいいかわからない。

「すまないな、ホタル」
「だ、大丈夫です」
「……ホタルも顔が赤いが……」
「赤くなんてないです!私は逆上せてなんていませんっ」
「そうか……?」

 どうして、ウタカタ様と目が合わせられない。さっき見たウタカタ様の体が、着物を着たウタカタ様と重なって。固そうな胸板、触ったら、どんな感じなんだろう。

「って、何考えてるの私ったら!」
「ホタル?」
「それもこれも、師匠が逆上せたりするからですよ、バカッ」
「……すまない……」