宝の鍵は盃の中に

 盃に注いだ酒を飲み干し、ほろ酔い気分で空を見上げた。新月のせいか、今日は星がよく見える。

「ウタカタ様、こんなところで晩酌ですか?」
「ホタル」

 静かな足音をたてながら近づいてきたホタルは、柔らかい笑みを浮かべながら隣に腰かけた。慣れた手つきで盃に酒を注ぎながら、「星が綺麗ですね」と夜空を見上げる。

「この様子じゃあ、明日も晴れかしら」
「きっとな。何せ、雲ひとつない綺麗な星空だ」
「ほんとう。ウタカタ様のシャボン玉が、よく似合いそう」

 またと注がれた盃を差し出しホタルに勧めれば、動作だけで断られた。酒が苦手なのは相変わらずらしい。仕方なく酒を一気に飲み干し、代わりに横にあったホタルの手に自分の手を重ねた。

「久しぶりだな。こんな平和な時間は」
「このところ任務続きで、ウタカタ様ほとんど家にいませんでしたからね」
「寂しかったか?」
「少しだけ」

 重なったままの手をちらりと見たあと、上を向くホタルの顔をじっと見つめる。オレの視線に気づいているのかいないのか、ホタルの顔は、夜空から離れない。

「2週間なんて、あの時を思えばあっという間です」

 独り言のように呟かれた言葉が、六尾を狩られたあの日を指しているのだろうと感じ、思わずホタルから目を逸らした。盃に残った雫に、小さくオレの顔が映る。

「悪かったな。あん時は」
「もういいですよ。あんな昔のこと」
「でも、ホタルを傷つけたのは事実だ」

 ぼろぼろになりながら砦に戻ったオレを、泣きながら抱きしめるホタル。もう2度と泣かせないと誓ったのに、オレは何も成長していない。こうしてホタルが変わらず傍にいてくれることが不思議なくらい、オレはホタルに何もしてやれてない。

「ホタル、お前に出会えて良かったよ」
「え?」
「ホタルがいたから、今のオレが存在する。ありがとな」
「……もう、ウタカタ様ったら、酔っ払ってるんですか?」

 一瞬泣きそうな顔になったホタルは、ごまかすように笑ったあと、顔を隠すようにしてオレに抱きついた。衝撃で手から落ちた盃が、音をたてて畳に落ちる。

「ホタル、いきなりどうした」
「ウタカタ様のせいですよ」
「え?」
「何でもないです!……今、すごくウタカタ様に抱きつきたい気分なんです。2週間ぶりなんだから、胸くらい貸してください」
「……わかったよ」

 体勢を整えて、ホタルを両腕でしっかりと抱きしめた。遠くで虫の声が聞こえる。もう夏も終わり。ツンと鼻をつく香りは、秋の香りか。

「ウタカタ様」
「ん?」
「私だって、ウタカタ様に出会えて良かったです。どんな言葉にしていいか、わからないけれど、ウタカタ様にものすごく、感謝してるんです」
「……ホタル」

 自然と上がった口角に気づき、こうして笑えるのもホタルのおかげなのだと実感する。何度も追い求め、時には背中を向けた幸せ。それが今、オレの腕の中で生き、オレを見つめている。

「長期任務も終わった。しばらくは2人でゆっくりしよう」
「はい」
「……ホタル、愛してる」