瞬間ラブモーション



※現代パロ

 待ち合わせの時間より少し早く着くな、と左手に持った携帯を閉じながら思う。オレが大学院に進んで、もう3ヶ月が経つ。もう少し自分の力を高めるため、と選んだ進路に後悔はないが、想像以上に忙しい。休むことなく出される課題に、積み重なる論文。自分の時間なんてほとんどない。ましてや、恋人と会う時間なんて。

「ウタカタさんっ!」

 待ち合わせの場所、駅近の時計台の下。オレの姿を見つけるなり嬉しそうに駆けてくる様子に、思わず顔がにやけた。
 ホタルと最後に会ったのは、院に進んで間もない頃。それもこんなゆっくりじゃなく、お互いの予定を無理矢理合わせた忙しいものだった。久しぶりの彼女との時間、胸がはずむ。

「ウタカタさん、お久しぶりです」
「久しぶり。ずいぶんと早いじゃないか」
「ウタカタさんに会えると思うと、いてもたってもいられなくなって」

 照れ臭そうに笑うホタルの手をとり、歩きながらいろんな話をする。少し髪が伸び大人っぽくなったホタルを横目で確認しつつ、目的の場所へと進んだ。

「映画の時間まではまだ余裕があるな…どこか行きたい所でもあるか?」
「あ、それなら……ゲームセンターに行ってもいいですか?」
「ゲームセンター?」

 ホタルの返答に聞き返す。ホタルがゲームセンターに行きたいなんて珍しい。ホタルはああいう、騒がしい場所は嫌いだと思っていたが。

「珍しいな。ホタルがあんな、騒がしい場所」
「私もあまり好きではないんですけど、ウタカタさんと、その……プリクラが撮りたくて」

 プリクラ?ホタルの言葉に思わず足を止めた。プリクラってあの、女子高生がよく携帯やら何やらに貼ってるやつだよな?こいつ、そんなものをオレに撮らせようと……いや、確かにホタルは女子高生だが、オレは成人したいい大人。プリクラだなんてそんなもの。

「あ、……すみません。嫌ですよね、ウタカタさんぐらい大人になって、プリクラだなんて……」
「…………」
「ただちょっと、友達が彼氏と撮ったのを携帯に貼ってて、羨ましくなって……すみません」

 しゅんと俯くホタルに、プリクラという言葉に芽生えた羞恥心が小さくなる。ただでさえこの年の差。ろくにデートもしてやれず、高校生ならやりたいであろう色んなことを我慢させている。そんなホタルの、小さな願い。彼氏とのプリクラくらい、撮らせてやったっていいじゃないか。そりゃあ恥ずかしいが、ホタルを悲しませることに比べたら小さなことだ。

「……いいぞ」
「え?」
「プリクラ、だろ?さっさと行かないと映画に遅れる」

 再び繋ぎ直した手を引っ張り歩き出すと、ホタルが嬉しそうな返事とともに腕に抱きついた。


***


「プリ、クラ……」

 直前まできて怖じけづくとは、らしくない。派手なメイクと髪型をしたモデルの顔が、四方八方から目に飛び込んでくる。他の場所よりはいくらか静かだが、所詮は同じゲームセンター。がやがやとした音に、思わず耳を押さえた。

「あの……やっぱり嫌なら……無理、しないでください」

 顔をしかめたオレを覗き込んで、ホタルが心配そうな顔をして言った。こんなところまで来て、食い下がれるもんか。覚悟を決めて1番近くにあった機械に入る。眩しいくらいのライトが、また頭をくらくらとさせる。

「操作は私がやりますから……ウタカタさんは、ちょっと待っててください」
「あ、ああ」

 慣れた様子でボタンを押す様は、さすが女子高生と言ったところか。一通りの操作をし終わったホタルが、オレの腕をとってピースサインをする。

「ウタカタさん、あのカメラですよ」
「ああ」

 パシャリとシャッター音がして、画面に写し出されるのは可愛らしい笑顔を浮かべたホタルと仏頂面のオレ。それを見たホタルが、面白そうに笑い声を出す。

「もう、ウタカタさんったらもっと笑わないと」
「無茶言うなよ」
「次はちゃんと笑ってくださいね」

 休む間もないシャッター音に、表情をつくる暇もなく。次々に画面に現れるのは、顔をしかめたオレと、外にいたモデルなんかとは比べものにならないほど可愛いホタル。どうしてそんな短時間で表情が作れるのか、疑問に思いながらホタルを見つめていると、再び画面を操作し始めたホタルが口を尖らせて言う。

「もう、ウタカタさんったら同じ表情ばっかり」
「しょうがないだろ。ただでさえ眩しいのに、フラッシュなんか焚かれたら嫌でもあんな表情になる」
「ふふっ。……あ、このフレーム……」

 ホタルが画面から離れると、再び眩しいフラッシュと共にシャッター音が鳴り始める。

「次が最後ですよ」
「ああ」
「……ウタカタさん、っ」
「え?」

 襟を掴まれ、顔がホタルの方を向き、唇が重なる。呆気にとられていたら、同時に鳴るシャッター音。固まるオレをよそに、ホタルはさっさと画面に触れて外へ飛び出て行った。

「……なんだ、今の……」

 突然触れた、ホタルの唇。その感触を思い出しながら自分の唇に触れると、かあっと頬が熱くなるのがわかった。

「ホタルの野郎……」

 荷物を掴み、明るい光の中から抜け出した。辺りを見渡してもホタルの姿はない。小さく舌打ちをして、近くにあったベンチに座った。

「あ……ウタカタ、さん……」

 しばらくして現れたホタルは、見るからに困惑している。右手に小さな紙を持って、オレの隣に座るべきかどうか迷っているようだった。

「ご、ごめんなさい……。友達が、彼氏と、ああやって、プリクラを撮ってて……私も、いいなって、ウタカタさんとああやってプリクラ、撮ってみたいなって。……でもウタカタさんに言ったら、きっと断られるだろうから、だから……」

 弁解をするうちにだんだんと涙声になるホタル。その手からさっきの紙を抜き取り、色とりどりの写真を眺めた。
 笑顔のホタルと、仏頂面のオレ。その中でひとつ、間抜けな顔をしたオレに口付けるホタル。ハート型に縁取られたその写真には、「だいすき」の文字。

「……ガキだな。こんなのが撮りたいなんて」
「……すみません……」
「怒ってねぇよ。ったく、素直に言えば、もっとまともなヤツが撮れただろ」
「……素直に頼めば、撮ってくれたんですか?」
「どうかな」

ホタルの頼みなら聞いてやりたいが、これはちょっと、恥ずかしい。

「そろそろ行くぞ。映画に間に合わない」
「あっ、ウタカタさん……」
「これ、半分もらっとく。…他人に見せびらかしたりすんなよ?恥ずかしいから」
「はいっ!」

 嬉しそうに頷くホタルの手に握られた携帯に、さっきのハート型が見え少し不安になる。お前、早速貼ってんじゃねーか。しかもよりによってあの写真を。

「ウタカタさん」
「ん?」
「今日はずーっと一緒にいましょうね。映画終わって、ご飯食べても、ずっと」

 にっこり笑ったホタルに、怒る気も失せ、返事の代わりに手をぎゅっと握った。




 ――後日

「ウタカタ、なんだ?この携帯に貼ってあるの」
「あ?……おい!お前勝手に人のもんに触るな!!」
「なんだよこれ。プリクラ?お前この年になって彼女とキスプリとは……へぇ~……」
「シラナミ……あとで覚えてろよ……」