流星群のシャワーを浴びて

「はあーっ、いいお湯!」

 湯気が漂う夜空に、ホタルの声が木霊しながら響く。手で湯を救いながら鼻唄を歌うホタルは、この風呂に心底満足しているようだった。

「私たち、運がいいですね!こんな山奥の秘湯が見つけられるなんて」
「そうだな」
「ウタカタ様も、そんなところにいないでもっとこっちにくればいいのに」
「馬鹿言うな」

 運が良いのか悪いのか。なんの用意もなしに見つけた秘湯。バスタオルなんて便利なものは持っていない。いくら師弟と言えども……いや、それ相応の行為はしてしまっているが、しかし裸で一緒に風呂に入るなど、そんな卑猥なことができるか……

「ウタカタ様」
「うわぁ!ホ、ホタル、近い!!」
「さっきから何をぶつぶつ言ってらっしゃるのですか?」
「い、いや……オレはただ、男女が裸で風呂に入るのは、少し問題があるのではないかと……」
「お風呂は裸で入るものですよ?それに、もうウタカタ様は湯に浸かっているじゃありませんか」

 腕を引かれ湯舟に落とされ、着る服も無しに渋々と湯に浸かる惨めな自分。忘れようとしていた数分前の出来事が、無垢なホタルによって突き付けられる。

「ウタカタ様は、裸を見られるのが恥ずかしいのですか?」
「……それはこっちの台詞だろう。ホタルこそどうなんだ」
「私は……ウタカタ様になら、平気です」

 上気した頬をもっと赤くさせて、とんでもないことを言ってくれる。この秘湯が乳白色であることに感謝した。もし透明なら、今頃オレはホタルに顔向けできない事態になっていただろう。

「……ったく。どれだけオレを信用してるんだ」
「弟子が師匠を信用するのは当たり前のことです!」
「そうじゃなくてだなぁ……」
「――?」

 きょとんと首を傾げるホタルにため息をつき、近くに沈むホタルの腕をとった。辺りを埋める白に負けないくらいの美しさ。そっと湯から持ち上げ、手の甲にキスをする。

「う、うたかた様……」
「なんで赤くなるんだ。この状況でこれくらい、たいしたことないだろう」
「だってなんだか……」
「なんだか?」
「なんでもないです!」

 触れた腕を振りほどき、隠れるように湯に潜るホタル。こいつの思考回路は、たまによくわからない。ブクブクと浮かぶ泡を見つめていたら、突然大きな飛沫が顔にかかる。

「うわっ!」
「お返しですよ、ウタカタ師匠!」
「急になんだ!!ホタル」
「忍たるもの、いつ何時も気を抜くべからず。師匠が教えてくれたじゃないですか」
「てめぇ……。……ホタル、いい度胸だ。師匠に、このオレに手を出すとはな。――お返しだっ!」
「きゃあ!!」

 ばしゃばしゃと波立つ中、無我夢中でホタルを追いかけた。時には潜り、時には術を発動しながら、やっとのことでホタルを捕まえた時には、お互い全身ずぶ濡れの酷い状態だった。

「はぁ……やっと捕まえた……」
「ウタカタ様、あそこで水喇叭はひどいですよ……」
「それはホタルが――ってか、全裸で何やってるんだよ、オレ」
「あ、ウタカタ様!流れ星ですよ!」

 抱きかかえられた体勢のホタルが、夜空を指さして歓声をあげた。シャワーのように振り注ぐ星は、何かの流星群か。しばらくそれを見つめ、腕の中のホタルをしっかりと抱きしめる。

「楽しかったです。ウタカタ様との追いかけっこ」
「オレは2度とごめんだな。こんな恥ずかしいこと、誰がやるか」
「また一緒にお風呂に入りましょうね!」
「………ああ」



(ウタカタ様の胸板、硬いですね……)(ホタル、これ以上オレを挑発するな)